普通分からない

2003年6月18日
 卒論しかしていないので卒論の話を。
 
 マルコ=ポーロの『東方見聞禄』を資料の一つとして使用しているのだが、これが実に困る。そもそも、マルコ=ポーロは実在したのだろうか。

 万里の長城は元の時代にはほとんど存在しなかったから、記載されていなくともおかしいところはないし、モンゴル人や色目人に囲まれていたのだから、纏足に気がつかない事もあろう。都市の知事をしていたなどという話は嘘であっても構わない。しかし、だ。

 元史に記述が無いというのはかなりきつい。

 耶律楚材に関して集史に殆ど記載がないという例もあることだし、そういう事もあるかもしれない。フビライに仕えたのがほら話であって、他は一応事実に基づいていると信じたい。

 資料批判は必要で、鵜呑みにする事はしないが、これに関してはそうでないと、そもそもの前提が崩れてしまう部分が有る。かといって東方見聞禄の真偽判断などしてたらそれだけで卒論になってしまう。それが本当に分かったら賞が取れそうなくらいだ。
 だから、本当であるという前提で書き続けるしかないか。気持ちは悪いが。
 
 
 そして今日もまた困った記述が。

 元史十八成宗本紀至元三十一
 庚寅 , 必察不里城敢木丁遣使來貢

 カイドゥの乱の真っ最中のニシャプール(必察不里)から使節が来るってのは一体どういう事なのだ。 

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