就活2年目・出版
2003年5月2日 小学館、講談社;ES
<書類落ち。二年目ともなるとネタが無い。結局使いまわしが多かったのだが、そのせいなのだろうか。落ちた。この時は凹んだ。>
集英社;ES→面接
<ここも、ESこそ通ったものの前年よりも前の段階での脱落。しかも営業で出していたのだが。ただ、ここは面接官によるところが大きい。営業の志望動機をきちんと言えていた(それは他の会社でも証明済み)にも拘らず、判で押したように「それは編集じゃないの?」。こいつ頭悪い、そう思ってしまうと態度にも出てしまうもので。>
文藝春秋;ES(2500人)→筆記試験(1000人)→作文試験+個人面接(190人)→集団面接+作文試験+適性検査(40人)
<ここは惜しかった。営業で出したが、基本的に一括ではあるらしい。筆記は50人の人物寸評で有名。半分取れるかどうかがラインだというもっぱらの話だが、これは嘘らしい。15人しか書かないで通ることに成功。謙遜ではなく、「富永愛」のところに「卓球少女」と書いたというのに。書類の作文重視なのだろう。ただ、SPIはほぼ完璧。
作文試験は、一度目が「歴史上の人物に送る手紙」で二度目が「マスク」。
面接は一度目は簡単な20分程度のもの。2度目は集団討論で、文藝春秋最新号について。ただ、面接官3人も口を挟んでくる。問題が一つあって、文藝春秋はつまらないという事。じっくり読むと、それが浮き彫りになる。それを言ったら・・・落ちた。>
新潮社;ES→筆記→面接(辞退)
<筆記試験は意外と簡単。集英社よりはこちらに行った方が、そう思う。ここの文庫は非常に面白いが、他の物があまり好きではないから内定の後は辞退。新潮45。「起こった事が分かれば良い」だけの事件を掘り下げすぎ。>
ぎょうせい;ES+筆記→面接
<前年に引き続いて。落ちる。ここで落ちるというのは出版志望にとってはかなりきつい。>
PHP研究所;GD(1000人?)→面接(100人?)
<応募者全員がGDを受けるという一風変わった会社。ただ、応募の締め切り自体がかなり早いため、そこの門が既に狭いかも。ちと松下幸之助の個人主義で宗教っぽい。GDは「教育について」。14人で2,30分というありえない時間配分。受かるのは1人2人だろうなとは思った。>
朝日メディアインターナショナル;説明会(600人)+作文→GD(100人?)→面接(3,40人)
<厳密には製作会社。社長イギリス人でジョークが面白い。社員の雰囲気も良いが、仕事自体は地味で暗い。マスコミを目指してる真っ直ぐな女の子が特に多い印象。採用は2年に1回。GDは20人で40分という極端なもの。面接時に社内見学がある。いまだにここの集団面接で何故落ちたのか理解できない・・・>
スポニチ;ES+面談→筆記(辞退)
<スポーツ新聞も受けてみようと思った。「今日のウチの一面についてどう思う?」で、読んだ筈なのに度忘れして答えられず、なのに通った。結構スポーツ新聞とは縁があるのかもしれない>
ニッカンスポーツ;ES+面談→面接
<ありえないくらい面談で褒められた。褒め殺しも良いところ。ここまで来ると、これをこう言えれば、というものも感じてはいたのだが。辞退しようかと思ったが、そこまで言うなら受けてみようか迷い中。>
小学館プロダクション;ES+面接(辞退)
<去年納得が行かなかったので再チャレンジ。すると説明会の評価がアップ。「個人的過ぎる(自己PRのような)質問は止めてください。学校名も名前も、前口上もいらないです」との事。素晴らしい。説明会は、本当に勘違いした質問が多いから・・・>
第一学習社;ES→筆記→面接(辞退)
<インターネットのESでかなり落としていると思われる。10人弱採るというのに、筆記の会場(会社)には僅かに3人・・・ 幾つか会場があるとはいえ、あまりに少ない。次の面接が最終だったと言う噂も。本社が広島なのがネックと言えばネックか。>
家の光;筆記(辞退)
<友人がある公益法人に入り、いきなり9連休というふざけた休みの取り方をしたために興味が沸いたところ。全農の下部組織。決して怪しい宗教ではない。脱却を目指してはいるものの、やはり公務員。1年目から有休20日は伊達じゃない。>
旺文社;ES→筆記(辞退?)
<決めかねてるところではある。しかし、ここの教材は英語がメインだった気もする。>
扶桑社・KKベストセラーズ・池田書店・NHK出版 ;ES落ち
二年目ともなると、出版ならどこでも良いという気持ちは消え、冷静に選べてきたのではないか。興味がある分野を扱っている会社は編集で、そうでないところは営業でと区別がはっきり出来て、しかも営業は営業で興味をもってやりたい事も自然と言えるようになってきた。
後は、合う合わないの問題だろう、という部分が進むところはやたらと進み、そうでなければES落ち、という結果に繋がったようにも思える。
ただ、再チャレンジのところは基本的に厳しい。記録が残ってるのかどうかは分からないが、経験則としてそういう傾向にはあった。自分で自分を追い込んでいるのかもしれないが。
<書類落ち。二年目ともなるとネタが無い。結局使いまわしが多かったのだが、そのせいなのだろうか。落ちた。この時は凹んだ。>
集英社;ES→面接
<ここも、ESこそ通ったものの前年よりも前の段階での脱落。しかも営業で出していたのだが。ただ、ここは面接官によるところが大きい。営業の志望動機をきちんと言えていた(それは他の会社でも証明済み)にも拘らず、判で押したように「それは編集じゃないの?」。こいつ頭悪い、そう思ってしまうと態度にも出てしまうもので。>
文藝春秋;ES(2500人)→筆記試験(1000人)→作文試験+個人面接(190人)→集団面接+作文試験+適性検査(40人)
<ここは惜しかった。営業で出したが、基本的に一括ではあるらしい。筆記は50人の人物寸評で有名。半分取れるかどうかがラインだというもっぱらの話だが、これは嘘らしい。15人しか書かないで通ることに成功。謙遜ではなく、「富永愛」のところに「卓球少女」と書いたというのに。書類の作文重視なのだろう。ただ、SPIはほぼ完璧。
作文試験は、一度目が「歴史上の人物に送る手紙」で二度目が「マスク」。
面接は一度目は簡単な20分程度のもの。2度目は集団討論で、文藝春秋最新号について。ただ、面接官3人も口を挟んでくる。問題が一つあって、文藝春秋はつまらないという事。じっくり読むと、それが浮き彫りになる。それを言ったら・・・落ちた。>
新潮社;ES→筆記→面接(辞退)
<筆記試験は意外と簡単。集英社よりはこちらに行った方が、そう思う。ここの文庫は非常に面白いが、他の物があまり好きではないから内定の後は辞退。新潮45。「起こった事が分かれば良い」だけの事件を掘り下げすぎ。>
ぎょうせい;ES+筆記→面接
<前年に引き続いて。落ちる。ここで落ちるというのは出版志望にとってはかなりきつい。>
PHP研究所;GD(1000人?)→面接(100人?)
<応募者全員がGDを受けるという一風変わった会社。ただ、応募の締め切り自体がかなり早いため、そこの門が既に狭いかも。ちと松下幸之助の個人主義で宗教っぽい。GDは「教育について」。14人で2,30分というありえない時間配分。受かるのは1人2人だろうなとは思った。>
朝日メディアインターナショナル;説明会(600人)+作文→GD(100人?)→面接(3,40人)
<厳密には製作会社。社長イギリス人でジョークが面白い。社員の雰囲気も良いが、仕事自体は地味で暗い。マスコミを目指してる真っ直ぐな女の子が特に多い印象。採用は2年に1回。GDは20人で40分という極端なもの。面接時に社内見学がある。いまだにここの集団面接で何故落ちたのか理解できない・・・>
スポニチ;ES+面談→筆記(辞退)
<スポーツ新聞も受けてみようと思った。「今日のウチの一面についてどう思う?」で、読んだ筈なのに度忘れして答えられず、なのに通った。結構スポーツ新聞とは縁があるのかもしれない>
ニッカンスポーツ;ES+面談→面接
<ありえないくらい面談で褒められた。褒め殺しも良いところ。ここまで来ると、これをこう言えれば、というものも感じてはいたのだが。辞退しようかと思ったが、そこまで言うなら受けてみようか迷い中。>
小学館プロダクション;ES+面接(辞退)
<去年納得が行かなかったので再チャレンジ。すると説明会の評価がアップ。「個人的過ぎる(自己PRのような)質問は止めてください。学校名も名前も、前口上もいらないです」との事。素晴らしい。説明会は、本当に勘違いした質問が多いから・・・>
第一学習社;ES→筆記→面接(辞退)
<インターネットのESでかなり落としていると思われる。10人弱採るというのに、筆記の会場(会社)には僅かに3人・・・ 幾つか会場があるとはいえ、あまりに少ない。次の面接が最終だったと言う噂も。本社が広島なのがネックと言えばネックか。>
家の光;筆記(辞退)
<友人がある公益法人に入り、いきなり9連休というふざけた休みの取り方をしたために興味が沸いたところ。全農の下部組織。決して怪しい宗教ではない。脱却を目指してはいるものの、やはり公務員。1年目から有休20日は伊達じゃない。>
旺文社;ES→筆記(辞退?)
<決めかねてるところではある。しかし、ここの教材は英語がメインだった気もする。>
扶桑社・KKベストセラーズ・池田書店・NHK出版 ;ES落ち
二年目ともなると、出版ならどこでも良いという気持ちは消え、冷静に選べてきたのではないか。興味がある分野を扱っている会社は編集で、そうでないところは営業でと区別がはっきり出来て、しかも営業は営業で興味をもってやりたい事も自然と言えるようになってきた。
後は、合う合わないの問題だろう、という部分が進むところはやたらと進み、そうでなければES落ち、という結果に繋がったようにも思える。
ただ、再チャレンジのところは基本的に厳しい。記録が残ってるのかどうかは分からないが、経験則としてそういう傾向にはあった。自分で自分を追い込んでいるのかもしれないが。
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